創業の精神・・・会長インタビューで思うこと その④ | 社長コラム | 三友工務店

社長コラム

社長コラム

創業の精神・・・会長インタビューで思うこと その④

シェア

戦時下の青年時代  後編

本当に分かれ目ですね。その後も各地に行かれたのですか?
創業者:仙崎には1年おりましたかね。そして鹿児島の吹上浜に移ってからは海岸警備をして、穴を掘ったり、あとは歩哨兵と言ってね、丘の上に立って軍艦が来るか来ないか見る。見張り役ですね。そのときちょうど、長崎の原爆の様子が見えたんですよ。『何か爆発したっだろかなあ』と思って見ていましたよ。それで終戦を迎えて帰って来たけども、仕事は何もなかでしょ。
だから、しばらく雑役して、西松建設という会社に入りまして、水俣の日本チッソの工事現場に行ったわけです。その頃は今みたいな足場もなければ何もなかったですから、丸太を縄でくくって仕事をしていた。地下足袋をはいて、鉄骨の上に上って、ピッケルという登山具を使ってね、トントンと鉄骨を叩いて、『ボルトが揺るんどるけん、ちゃんと締めろ』というふうに、職人さんに指示したり。でも自分も上らないといけないし、鉄骨に上るのは高くて恐ろしかったですよ(笑)。
スレートを担いで屋根に上がって、風が吹いたら“つこける”職人もいてね。とにかく危なくてしょうがなかった(笑)。そういうこともあったし、給料は普通の会社よりは良かったと思いますけどね、2、3年で辞めたんです。それで熊本に帰ってきたんです

父が終戦まで海岸警備で鹿児島の吹上浜にいたという話は、
このインタビューで初めて知りました。
何年いたのかは分かりませんが、
今までやっていた建築関連の仕事とは直接関係なかったためか、
この頃のことは父からほとんど聞いていません。

西松建設に入って水俣の日本チッソの工事現場にいたという話は聞いておりました。
その後、東京に行かないかという話があったが、辞退したと聞いています。
たぶん、父は要領がいいので上司から気に入られて東京に一緒に行かないかと誘われたのかも知れません。
その話に乗っていれば、父の人生も大きく変わっていたでしょう。
もちろん、私は生まれていません。

家づくりに関することなら何でもご相談ください。

当社には営業スタッフがおりませんので、お問い合わせ・イベント参加後の訪問営業などは一切致しません。ご安心ください。

  • 家づくり全般
    家づくりを何から始めたらよいのか分からない方もお気軽に。
  • 土地探し・資金計画
    土地の上手な探し方や、家づくりにかかる費用を分かりやすく伝えます。
  • 他社に相談してみたが・・・
    いろんな会社の話を聞いて、何が良いのか分からなくなってしまった方。

無料相談会

個別の相談だから気になることを
じっくりお話できます。

予約制

イベント情報

ちょっと上質でいっぱいこだわった自然素材の家づくりを体験!

詳しく見る

img

phone

お電話からお問い合わせ

フリーダイヤルは熊本県内のみ対応

0120-146-983

熊本県外の方向け:096-381-0003

web

WEBフォームからお問い合わせ

下記お問い合わせフォームより、お問い合わせください。

お問い合わせ